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トップ  >  コラム  >  ひとサジのSouP:コッペパン109号(2004/09)〜121号(2007/09)  >  ひとサジのSouP─淵灰奪撻僖116号(2006/06)掲載)


ひとサジのSouP(スープ)(コッペパン116号(2006/06)掲載)

 
 
 アトリエの展覧会を3月末に開催しました。
 会場に並ぶ子どもたちの作品を見ていると日々、目にしている私でさえ、「すごくパワーがあるなー」と感じます。作った本人たちはいたって素直にその時つくりたいと思ったものを作っているだけなのでしょうが、私は時折、子どもは大人がすでに失ってしまった感覚を持っていて、それが見るものを引きつける力、作品の魅力になっていると思うことがあります。

 そんな思いを更に強めたのは、アトリエの展覧会を見に来てくれた写真家の若い女の子の話でした。彼女はある幼稚園と交流をして、そこの子どもたちと一つの物語をつくっていました。

 ■ある日、園庭に素焼きの人形が置かれていました。子どもたちはそれを見て「何だろー?」「どこから来たのかな?」「土の上にいるし、土の神様なんだよ。」と・・・

 ■人形を置いたのは彼女です。けれど子どもたちがどんなふうに思ってくれるかはまったくわかりませんでした。もしかしたら、何も興味を持たないかも知れない…ところが、子どもたちは自分たちでその人形に命を吹き込んだのです。“つちのかみさま”と。つちのかみさまはしばらくその幼稚園にいたあと、旅に出ました。時折、手紙が届き、その様子を知らせてくれます。そして、次に幼稚園に戻った時、子どもたちはつちのかみさまのために何かできることをしようと考え、家を作り上げました。

 子どもたちの中には「そんなハズない〜!」と思った子もいるかも知れません。けれどみんなで“つちのかみさま”として受け入れ、みんなでその物語を広げていく豊かさがすでにあるのです。心の中に持つ想像力の引き出しは、子どもたちの方がたくさん持っていて大人になると次第に鍵を閉めてしまうのかも知れませんね。


 


 



 
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