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トップ  >  コラム  >  モモさんシリーズ:コッペパン96号(2001/06)〜108号(2004/06)  >  モモさんシリーズ─屮皀發気鵑里佑い」(コッペパン103号(2003/03)掲載)


モモさんシリーズ─屮皀發気鵑里佑い」(コッペパン103号(2003/03)掲載)

 
 
 人と人との関係でとても重要な「コミュニケーション」ということについて、たびたび考えてしまいます。

 <自分の思いを他人に伝える→相手が受けとめてくれる>

 単純なことのようなのに、案外難しいんですね。ほとんどの場合、無意識のうちにコミュニケーションは成立しているから日常生活は動いているのでしょう。でも、実はあたりまえのように進んでいる社会生活の中で「わたしの心」が置き去りにされているような気分を味わうことはありませんか?

 −「エッ?ちょっとまってよ。」「ビミョーに違うんやけどな…」

 そうつぶやいても(あるいは表情で示しても)気にも留めてもらえず、無視され、大きい声や強い調子で主張する方になんとなく合わせて行動してしまう。そして、つぶやくことすらあきらめてしまう。自分がその場から消えることで調和しようとする場合もある。

 −不登校や若者の反社会的行動の増加に苛立っている人たちは、心の教育だ、道徳教育だ、教育基本法を変えよなどと声高に言いますが、おとなにまず必要なのは小さなつぶやきを聴く耳・表情を読み取る目・柔らかく受け止める心でしょう。子どもはそこから人間への信頼感が育ち、前向きに社会参加しようとの意欲が生まれてくるのです。凝り固まった思い込みで人を説得しようとするのではなく、相手の現実をまず受け止め理解しようとするスタンス、このことを子どもの育ちをサポートするすべての人(私も含めて)が身に付けることを望みます。

 −そして、それができるゆとりが社会全体に欲しいものですね。

 


 



 
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