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トップ  >  コラム  >  舞台のトナリ:コッペパン100号(2002/06)〜113号(2005/09)  >  舞台のトナリΑ屬錣る 3」(コッペパン105号(2003/09)掲載)


舞台のトナリΑ屬錣る 3」(コッペパン105号(2003/09)掲載)

 
 
 『わかる』というテーマで書いているが、わかるというのはそもそもどういうことか…?

 「この野郎、口で言ってわからなければ、体でわからせてやる。」というのは、時代劇に出てくる角兵衛獅子の親方のセリフだ。

 そうかと思えば、暗殺者におそわれながらも「話せばわかる。」と言った偉い人もいる。

 確かに民主主義は話し合いが原則である。しかし芸事の世界なんて、ほとんど前者の考え方である。もっとも、暴力はいけませんが。

 演劇の世界も、体でわからなければどうにもならない。かといって演出家の言うことを鵜呑みにして、そのままやっていれば良いというのではない。ちゃんと頭でもわかっていなければならない。そのために、問題があれば稽古を中断してでもミーティングを繰り返す劇団もあるそうな。でもそのミーティングの成果が、体に表れなければ表現にならない。『わかる』というのは、わかったことが身体に表れなければ意味がない。生活に生かされなければ意味がない。

 ある人が「わかった」というとき、いろんなことが考えられる。もしも芝居のせりふで「わかった」という言葉がでてきたらどうなるだろう。稽古場をシミュレーションしてみると……。

 演出家―いいか、ここでA夫は「わかった」といっているが本当はわかっていなんだ。だけどわからないと思われたくないから思わず「わかった」と言ってしまったんだ。それを聞いたB子は、A夫がわかっているつもりで話し続ける。ところがA夫には余計わからなくなる。そもそもA夫は、わからないから話を早く終わらせようとして「わかった」と言ったんだ。だからA夫は「わかった」と言ったけれども、本当は「わからない」ということをわかってもらいたかったんだ。ところが、B子にはA夫がわからないということがわかってもらいたいということがわからないんだ。どうだ、わかったか。

 俳優―わかりました。

 演出家―じゃあ、もういちどやってみろ。

 俳優―(セリフ)「わかった」

 演出家―だめだ、わかってない!

 


 




 
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舞台のトナリァ屬錣る 2」(コッペパン104号(2003/06)掲載)
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舞台のトナリА屮茵璽蹈奪僖張◆次廖淵灰奪撻僖106号(2003/12)掲載)

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