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プリンタ用画面
シネマ★サロンΑ孱繊Γ鼻
(コッペパン97号(2001/09)掲載)

 
 
≪あらすじ≫
 近未来。過酷な環境の中で様々なロボットが働いている。難病で低温睡眠状態の子を持つ夫婦の元へ、親への愛をインプットされた少年ロボットがやって来るが、奇蹟的な実子の回復でロボットは捨てられてしまう。母の愛を求め、時空を超えた少年ロボットの旅が始まる…。


 キューブリックが長年温めていたものを彼の死後、スピルバーグがその遺志を引き継いで完成させた作品。

 思わせぶりな前宣伝がいやで、あまり興味もなかったはずなのに、もののついでにふらっと入って観てみたら、いろんな矛盾を感じながらも泣かされていた。少年ロボットの母への愛は所詮プログラムされたもの。プログラムされたロボットの愛がいつしか本物の愛に変わっていたのだとすると、そんなの有り?という気もするし…。にも拘わらず泣いてしまったのは、物語を離れて完全に自分の個人的な思いの中に入ってしまったからだと思う。

 人間の子どもも幼児期はロボットと同じ。脈々と受け継がれ、プログラムされた本能で母親のあとを追いすがる。それは愛というより、生きていくために神が与えた本能なのだろう。それが成長するにつれ、人間の場合は愛にも反発にも憎しみにも姿を変えていく。映画を観て、私は過ぎてしまって初めてわかる、二度とは返ってこない時を思い知らされたのだった。

 意外なもうけものは、ジゴロロボットを演じたジュード・ロウの軽妙な演技。気障な仕草の中におかしみと温かさをのぞかせ、映画に人間味(?)を与えていた。



 


 


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